深夜特急は腰が痛む。

卒業までに30か国いっちゃうぞ!(いま19)

山初心者が山を語る。(BGM情熱大陸)

こんにちは!最近は趣味を増やそうキャンペーンに精を出している僕です。今回はタイトルの通り、まだ始めたてほやっほやの、山登りについて語っちゃいたいと思います!いまだ先日の蓼科山に続き二山目ですが、それで山を知った気になっています。

 

葉加瀬太郎を横で流しながら読むと一層真に迫る記事になりますよ(うに!)。

 

これで僕と一緒に山登りに出かけてくれる人が釣れることを願っています。

それでは、山の魅力、アツく綴っていきます

 

 

①登らないと見られない景色がある。

1つ目の理由はド定番です。そう、「山を登る達成感」の虜になるってやつです。これ、一聞ありきたりな言葉に聞こえもしますが、実際に体感する達成感はもんのすごい大きいです。ジャイアントです。

 

僕は趣味で海外旅行なんてよく行くんですが、ニュージーランドの風光明媚な土地を訪れても、真っ暗な夜にひたすらに輝く香港の夜景を見ても、結局はパスポートと航空券があれば身一つで行けてしまうんです。

 

一方で山は、ゼイゼイヒイヒイ息を切らして、膝が笑っちゃうくらいクタクタになって、それでも足を前に伸ばして、その先に、思わず、ふほお、と喉を鳴らしてしまう景色が待っているんです。これを格別と言わずして、なにを格別というのでしょうか。

f:id:subarism:20171002215204j:plain

それに、この「達成感」っていうのが意外とミソで、普通に大学生をやっていると中高の部活ほど体を酷使して、何かやり遂げる機会っていうのが意外と乏しいんですよ。そんな飢えた心を満たしてくれるのが山なのであります。

 

SNSが映えることはなはだしい。

って書いちゃうと軟弱モノのキラキラ大学生なんですが、やっぱり大事です。いまの時代。というより、言いたいことは、それほどの写真が撮れるくらいの場所だからこそ行く価値があるんです。

 

思えば、山、始めてみようかなと思うきっかけになった景色は2年前富士山頂から見た雲海でした。

www.instagram.com

我が母親の撮った写真が綺麗で羨ましくて、山登りしたい、と思った経緯もありますが。

www.instagram.com

 

どうです、旅先のおしゃれショットに負けないくらいでしょう?

「こんな景色見れるんだったら、ほんの6時間くらいゼイゼイしても悪くないんじゃないかな。」って思ってくれたらここ理由②で読むのをやめる権利を与えましょう。

f:id:subarism:20171002220808j:plain

さらに言えば、普通に見ても良い眺めなのに、それまでの苦労があるからこそ、喜びも一入とでもいいますか、格別なのです。

 

③半日、一泊二日で非日常を味わえる。

長期の旅行/留学から帰ってきたとき、普段の景色がいつもより違って見える、飯が一層旨く感じる、なんてこと経験したことありません?

 

それを短期間で味わえるのが山です。とーにかく飯がうまい。水がうまい。よく眠れる(死ぬほど疲れてるから)。星が綺麗。よく言う話ですが、都会の喧騒から離れて暫しの間、風が木々の間を抜ける音を聴きに行く、なんてのも乙でしょう。

 

あと、人の暖かさを感じるのもいいですねー。

都会で暮らしていて、あのごったがえした朝の通勤ラッシュに呑まれる生活を送っていると、どうもみんな殺伐としているなあ、という印象を持ってしまいがちです。

 

ひと声かければな、と誰しもが思いながら無言でやり過ごすあの空間。

 

これが登山中だと、すれ違う人はみんな(9割ほど)「こんにちは~。」といって通り過ぎます。この光景になんと感動したことか。

 

頂上の小屋では、人口密度が高いことも働いて、初めましての人と机をシェアしたりなんかしたのですが、そんなとき自然と会話が始まるのです。

 

嗚呼、なんと人は暖かいのだろう。と感じられることもまた魅力の一つですね。

f:id:subarism:20171002223304j:plain

 

山ガールはみんな美人。

そのままです。山にいた女性、ほんとにきれいな人が多いんです。しかも皆さんお山によく登っているのか、足もおしりも筋肉がしっかりついて、きゅっとおしりがあがっているので、完全に僕の好みなのであります。

山を続ける最大の理由ができました。

 

 

 

さて、初心者のくせにたいそう偉そうなことばっかりベラベラ話してしまいましたが、それでも僕はこれほど新しい趣味をエンジョイしてるんだぞ、とほほえましく理解していただけたら幸いです。

 

それでは!

f:id:subarism:20171002224119j:plain

大学生が政治に首突っ込みました記1⃣

大学三年生も中盤を過ぎるとみんなぶつぶつ文句もいいながら就活モードに入るものです。夏インターンいった?、インターン全落ちww、夏はずっと遊んでました...。なんて会話に花が咲く夏休み明けですが。

 

実は私は政治素人ながら地元調布市議会でインターンをさせて頂いています。(インターンという言葉を使うことさえも畏れ多いくらいの知見知識不足ではありますが。)

 

この首突っ込みました記では、私が議会で見聞きし、感じたことを僭越ながら書かせて頂くものであります。

 

 

 

 

8月、9月とわが生まれ故郷の市政について学び、おじさまおばさま方がこの街をもっともっと素晴らしくしようと白熱の議論を交わす議会を傍聴したり(かなりの時間睡魔と戦っていましたが)と、真面目にこれからの調布について思いを馳せておりました。

 

 

しかし......我らが日本の幹事長あべ氏の突然の衆議院解散を端緒に、政治が大混乱になってしまいましたので、これまでののほほん平和な社会科見学(インターン)は一気に乱戦に突入してしまったのであります。

 

ニュースでは連日連夜で都のプリンス小池様のご意向や、枝野さんの新党結成、はたまた前川さんに失望する民進党議員さんの言葉でタイムラインがぎっしり。

 

www.huffingtonpost.jp

www.huffingtonpost.jp

 

 

インターンで直属にお世話していただいている議員さんも民進党に所属しているので、今回の政治の大変動に大忙し。車を運転しながら電話はかけっぱなし、らーめんを掻き込みながらも思考の矛先は常に選挙のことにあるようです。

f:id:subarism:20171002180504j:plain

藪から棒というか青天の霹靂というか...突然の事態に思考も体も追いつかないといった感じで、嘲るように笑う姿が今回の出来事の深刻さを物語っていました。

 

ニュースでただぽかんと口を開けて観ていただけだった私にとって、2009年の政権交代よりも衝撃的であるというカオスのど真ん中で巻き込まれている地方議員の苦悩は、傍でつけめんを啜っていてヒシヒシと伝わってきます。

 

f:id:subarism:20171002181346j:plain

 

とにかく苦悩という言葉を繰り返す先輩方。しかし自分たちはまだましな方で、党に捨てられた(かのような)候補者のほうがもっと可哀そうだと顔を歪めていました。

 

突如として火蓋の切られた大混戦レースを民進党議員の傍から見つめていこうと思います。

 

あの時、僕らは「異物」だった。(文章)

あの時、僕らは「異物」だった。

f:id:subarism:20170927194152j:plain

 

香港調査2日目。調査テーマを漠然と「食」に据えたBチームは、香港人が集まるというローカルのフードコートへ足を運んだ。観光気分も捨てきれない僕らは、目的地を発見すると思わずワッと歓声を上げた。

 

外階段を上がると、二階にあるその入り口には分厚い扉があった。刑務所の扉を連想させる、その殺伐とした銀色のアルミ板は、不思議とその中と外との世界を隔絶しているかのように見えた。

 

額の汗を拭いながら扉を開ける。生ぬるい冷気を顔に感じながら中を覗き込むと、そこは観光客など一人もいない、完全に地元人で支配された空間だった。僕たちのような大人数が一斉にきょろきょろしているとすぐに浮いてしまう。

 

昼時ともあってか卓はどれも満席状態。窮屈だが全員座れる卓に陣取り、机上にささやかに置かれた一枚のメニューを手に取る。しかし、そこにはインドカレーの品書きしか載っていない。裏返しても、そこには銀の皿によく香辛料の効いていそうなカレーの盛り付けられた写真ばかり。周囲にはインド、トルコ、中華と店が連なっているのに、である。

 

いつまでもカレーばかり眺めていても仕方がないので、手分けをして腹を満たすものを集めることにした。インド班、中華班といった具合だ。その間、10人は軽く座れそうな卓が空いたので、残った人間で陣地を移動させた。

 

新しい席でもメニューの不思議は続く。ここには中華メニューしか置かれていないのだ。目を凝らすとこれは僕たちの目の前にある店のものらしかったが、なるほどこの店は他と比べ一際繁盛しているらしい。小さな厨房から出された皿を、半そでを捲った男たちが手際よく客に運んでいた。

 

その男たち往来を見ているうちにインド班がカレーを運んできた。その瞬間、今までわき目を振らず配膳に没頭していた男たちに変化が起きる。おおっ、と歓声を上げる僕たちを横目に、目の前に居たその店員は信じられないといった表情で悪態をついたのだ。どうやら、僕たちがカレーをここで食べているのが気に食わないらしい。後ろには両手の平を上に掲げて何をしているんだ、こいつら。という仕草をとる男もいた。すると、注文を取りに来た男がカレーを指さして言い放った、「アワーテーブル、アワーフード。」

 

この瞬間、あのメニューの不思議に合点がいった。どうやら、このフードコートは僕たちが慣れきった自由席に自由なものを食べるスタイルではなく、店の商品はあらかじめ割り振られた席に座って食べるものだったのだ。

 

不思議なことは続く。8人グループの私たちが、シェア用に料理を3品注文すると、男は、本当にわかっていないな、という顔を露骨に浮かべながら、全員に配られたはずの小皿を3枚残して持って返ってしまったのだ。突然の理解できない行動に呆気にとられる班員。店に直接皿をもらいに行っても「ノー」と突っ返されるばかり。「なぜだ。」と聞くと「ユー、オーダー、スリーフード、ユー、ゲット、スリープレーツ。」と追い払われた。

 

小皿など何枚でもくれてやっていいではないか。彼らの頑固さと不躾な態度に辟易した僕たちは、更に、炒飯が卓上に投げるようにしてサーブされた瞬間、一気に怒りを覚えた。「日本では絶対こういうことは起こらないな。」「こんなの絶対にありえない。」などと、相手がこちらの言葉を理解しないことをいいことに大声でなじった。まるで、「彼らは普通じゃない。」と言わんばかりに。

 

料理を平らげ、どこか煮え切らない気持ちでフードコートを後にする。しかし、銀の扉を閉めた時、ふと冷静になる自分を見た。「普通でなかったのは一体どっちだったのだろう。」という考えが頭をよぎった。あの、観光客など滅多に来ないであろう空間の中では、もはやルールとして紙に書いて貼る必要のないくらい浸透したきまりがあるのだろう。

 

指定席ルールも、一品一皿ルールも、あの空間に居る人にとっては呼吸することと同じくらい、普通のことなのではないのか。そこに突然外からこの分厚いアルミ板を開けて入ってきた僕たちが、まるで自分たちが正しいかのような態度で自分勝手な普通を振りかざし、場をかき乱していた。

 

あの時、あの空間で、普通でなかったのは紛れもなく僕たちのほうだったのである。彼らは、我々という「異物」の襲来を、どのような目で眺めていたのだろう。