深夜特急は腰が痛む。

卒業までに30か国いっちゃうぞ!(いま19)

あの時、僕らは「異物」だった。(文章)

あの時、僕らは「異物」だった。

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香港調査2日目。調査テーマを漠然と「食」に据えたBチームは、香港人が集まるというローカルのフードコートへ足を運んだ。観光気分も捨てきれない僕らは、目的地を発見すると思わずワッと歓声を上げた。

 

外階段を上がると、二階にあるその入り口には分厚い扉があった。刑務所の扉を連想させる、その殺伐とした銀色のアルミ板は、不思議とその中と外との世界を隔絶しているかのように見えた。

 

額の汗を拭いながら扉を開ける。生ぬるい冷気を顔に感じながら中を覗き込むと、そこは観光客など一人もいない、完全に地元人で支配された空間だった。僕たちのような大人数が一斉にきょろきょろしているとすぐに浮いてしまう。

 

昼時ともあってか卓はどれも満席状態。窮屈だが全員座れる卓に陣取り、机上にささやかに置かれた一枚のメニューを手に取る。しかし、そこにはインドカレーの品書きしか載っていない。裏返しても、そこには銀の皿によく香辛料の効いていそうなカレーの盛り付けられた写真ばかり。周囲にはインド、トルコ、中華と店が連なっているのに、である。

 

いつまでもカレーばかり眺めていても仕方がないので、手分けをして腹を満たすものを集めることにした。インド班、中華班といった具合だ。その間、10人は軽く座れそうな卓が空いたので、残った人間で陣地を移動させた。

 

新しい席でもメニューの不思議は続く。ここには中華メニューしか置かれていないのだ。目を凝らすとこれは僕たちの目の前にある店のものらしかったが、なるほどこの店は他と比べ一際繁盛しているらしい。小さな厨房から出された皿を、半そでを捲った男たちが手際よく客に運んでいた。

 

その男たち往来を見ているうちにインド班がカレーを運んできた。その瞬間、今までわき目を振らず配膳に没頭していた男たちに変化が起きる。おおっ、と歓声を上げる僕たちを横目に、目の前に居たその店員は信じられないといった表情で悪態をついたのだ。どうやら、僕たちがカレーをここで食べているのが気に食わないらしい。後ろには両手の平を上に掲げて何をしているんだ、こいつら。という仕草をとる男もいた。すると、注文を取りに来た男がカレーを指さして言い放った、「アワーテーブル、アワーフード。」

 

この瞬間、あのメニューの不思議に合点がいった。どうやら、このフードコートは僕たちが慣れきった自由席に自由なものを食べるスタイルではなく、店の商品はあらかじめ割り振られた席に座って食べるものだったのだ。

 

不思議なことは続く。8人グループの私たちが、シェア用に料理を3品注文すると、男は、本当にわかっていないな、という顔を露骨に浮かべながら、全員に配られたはずの小皿を3枚残して持って返ってしまったのだ。突然の理解できない行動に呆気にとられる班員。店に直接皿をもらいに行っても「ノー」と突っ返されるばかり。「なぜだ。」と聞くと「ユー、オーダー、スリーフード、ユー、ゲット、スリープレーツ。」と追い払われた。

 

小皿など何枚でもくれてやっていいではないか。彼らの頑固さと不躾な態度に辟易した僕たちは、更に、炒飯が卓上に投げるようにしてサーブされた瞬間、一気に怒りを覚えた。「日本では絶対こういうことは起こらないな。」「こんなの絶対にありえない。」などと、相手がこちらの言葉を理解しないことをいいことに大声でなじった。まるで、「彼らは普通じゃない。」と言わんばかりに。

 

料理を平らげ、どこか煮え切らない気持ちでフードコートを後にする。しかし、銀の扉を閉めた時、ふと冷静になる自分を見た。「普通でなかったのは一体どっちだったのだろう。」という考えが頭をよぎった。あの、観光客など滅多に来ないであろう空間の中では、もはやルールとして紙に書いて貼る必要のないくらい浸透したきまりがあるのだろう。

 

指定席ルールも、一品一皿ルールも、あの空間に居る人にとっては呼吸することと同じくらい、普通のことなのではないのか。そこに突然外からこの分厚いアルミ板を開けて入ってきた僕たちが、まるで自分たちが正しいかのような態度で自分勝手な普通を振りかざし、場をかき乱していた。

 

あの時、あの空間で、普通でなかったのは紛れもなく僕たちのほうだったのである。彼らは、我々という「異物」の襲来を、どのような目で眺めていたのだろう。